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ニートはつらいよ

しばらくブログを更新していなかったら、西荻の女帝からクレームが入った。「はよ、あげろ」と催促のLINE。

女帝はチーママ行きつけのスナックのママなのだが、とにかく敵に回すと怖いので、美人だ、とだけ言っておこう。(泣きぼくろもある)更新するにもネタがない、と返事をしたら「当たり前だろ、無職なんだからw」と軽くあしらわれた。

そういえば先週平日に映画を観に行った。近所の映画館で「男はつらいよ おかえり 寅さん」が上映していたのだ。寅さんシリーズは大好きで、毎週土曜のBS放送は欠かさず観ている。柴又の寅さん記念館で寅さんと一緒にプリクラも撮ったことがある。

いい席で観たかったので、早めにチケットを購入し時間を潰して、上映10分前に映画館に戻ったのだが、ロビーに入った瞬間「しまった!」と思った。入場を待っているお客さんが、全員シニアなのである。

こんなところでクラスターでも発生したら、まず間違いなくロクな調査もされずに私が感染源にされてしまう!慌ててマスクで顔を隠し、隅に移動した。

すると売店で一人の老人がパンフレットを購入していた。彼は意気揚々と売り子に話している。聞くと映画を観るために、はるばる九州からやってきたという。「今はもうどこの映画館でも上映してなくてね」と嬉しそうに言った。

第二波到来の東京に身の危険を冒してまでこの映画を観にくるとは、驚くべき寅さん愛である。私も金と時間を浪費している身だが、上には上がいるもんだと感心した。

つられて買ってしまったパンフレット

さて肝心な映画の内容だが、言うまでもなく素晴らしかったのでレビューは割愛させていただく。私が思うに寅さんの良いところは、必ずしも幸せではない人や傷ついている人にもちゃんとスポットライトを当てて、暖かく包み込んでくれるところだ。

そうした優しさを私のブログの読者たちは持てないものか。ファンなら大人しく更新を待てと言いたいところだが、とりあえず読んでいる人間はみんな身内で、身内は全員怖い人たちなので、今のは読まなかったことにしていただきたい。

そうこうしているうちに更新が遅いとチーママからもクレームが入った。

ニートとなり労働という足枷から解放されたはずなのに、こうしてまた何かに囚われ拘束される、人間の悲しき宿命を嘆いた。

それが渡世人のつれぇところか。

趣味の折り紙:お団子
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トルコ戦士

トルコリラ投資をする人々を世間ではトルコ戦士と呼ぶらしい。何を隠そう、私もその一人である。

2017年の夏であった。前年に親に勧められて購入した株が順調に利益を出していた私は、次の投資案件を探していた。とにかく資産を増やしたい、その一心で某証券会社の戸を叩いた。

対応してくれたのは、三木さんという美しい証券レディであった。「株の次は手堅い投資信託かな?」と相談した私に対して、彼女が提案したのはトルコリラ債券であった。見ると3年満期で驚異の金利9%の商品であった。

「トルコリラがこんなに下がっているのは未だかつてないんです」と泣きぼくろのある三木さんは言った。「逆張りすれば、今後上がる可能性は十分にあります」

それを聞いた瞬間、身体中の血が沸き立つのを感じた。これは一攫千金のチャンスかもしれない!と私は思った。しかも金利9%!利息だけでも相当の儲けになる。

上がる可能性があるということは、当然下がる可能性もあるのだが、当時の私にその発想はなかった。何より「逆張り」というプロっぽい用語に並々ならぬ魅力を感じた。

「戦え」と神の声が聞こえた気がした。こうして私は預金をかき集め100万円の一括投資をしたのであった。

イメージ画像:当時の気持ち

晴れてトルコ戦士になったのだが、待てど暮らせどトルコリラは上がらない。それどころか日に日に下がっていく。指を加えながらチャートを眺め続け一年。忘れもしない2018年の8月、トルコリラは急暴落する。購入時34円あったリラが、半分以下の16円になってしまったのだ。

慌てて三木さんに救済を求めようと電話をすると、彼女は不在であった。聞くと夏のバカンスでプーケットにいるらしい。

男は美人に弱いと聞くが、私も相当弱い。あの女にまんまと騙されたと思いながらも、思い出すのは彼女の美しい顔と泣きぼくろばかりだ。

回復の兆しも見えぬままトルコリラ債券は今年満期を迎える。私はこれを教訓とし、もう二度と危険な橋は渡らない。次は安全な豪ドルを買う予定だ。退職金も入った。

神よ、今こそ我に力を与えたまえ。

趣味のイラスト:2コマ漫画「玉砕」
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やる気待ち

ニートの第一の仕事は職探しだ。そう思いながらも、就活に身が入らず、職無し3ヶ月目に突入した。

会社を辞めてすぐの頃は、就活が進まないことに、「まずいな」と言うような後ろめたい気持ちが少なからずあった。今はそれが全くない。それと言うのも、親友のチーママに言われたある言葉があったからだ。

「やろうと思うから、やれなかった自分に対して厳しくなる。最初からやろうとしないことだ」

それを聞いた私は「なるほど」と思い、無理に就活をしようとせず、自然と就活をする気持ちが湧き上がるのを待つことにした。周りも「しばらく休みなよ」と優しい言葉をかけてくれる。こうして私は穏やかなニート生活を送ることができているのだが、2ヶ月経とうとも一向にやる気は出ない。それどころか「働きなくない」という気持ちは日に日に強くなるばかりだ。

イメージ画像:働くって何だっけ?

先日弟と飲みに行った帰り、不安そうに聞かれた。
「姉ちゃん、これから先どうするの?」
救いようのなさそうな姉の身を案じているのだろう。
「今はまあ、やる気待ちかな…」と遠い目で答えた。弟は幾ばくか驚いた様子で「姉ちゃん、かっこいいね」と言った。

それが本心だったのか皮肉だったのか、酔っていたため真意は汲み取れなかった。そんな弟にも最近彼女ができた。聞くと相手は医者の卵らしい。私からすると、そんな有望な出世株を射止めた弟の方がよっぽどかっこいいのだが、姉の威信にかけてそんなことは口が裂けても言えない。

翌朝スマホゲームをする為に携帯を見ると、大好きな自己啓発の先生のメルマガが配信されていた。まるで私の様子を観察して書かれたような衝撃的な内容であった。

「楽」に成長はありません
あるのは、ひと時の快楽と陶酔と
あとは延長に
堕落があるだけ

読んだ瞬間背筋が凍った。が、すぐに見なかったことにして、スマホゲームに取り掛かった。2次元にはやることがたくさんあるのだ。こうしてまた日が暮れてゆく。なんだか今日は胸にポカンと空虚なしこりが出来たようだ。

こんな日はそうだ、酒を飲もう。

趣味のイラスト:迷路
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続・チャイ語

中国語のレッスンは順調に続いている。まぁニートなので、それくらいしかやることがない。

いつもは日本人の先生なのだが、同じ先生だと飽きるだろうという師匠の謎の計らいで、月に一度だけネイティブの授業を受けることになった。今日初めてお会いしたのは、若くて綺麗な中国人の先生だった。

ネイティブということで、発音の練習がメインになった。とにかく中国語は発音が難しい。中でも私は「e」の発音が苦手だ。英語の様な「イー」の音ではなく、口はだらけさせて喉の奥から「ウ」に近い「イ」 の音を絞り出す。

何度やってもうまくいかない。死に際のオラウータンの様な声を発し続けて数分後、先生が突然「お酒は良く飲みますか?」と聞いてきた。「はい」と答えると、更に「お酒を飲み過ぎて吐いたことはありますか?」と聞いてきた。

数え切れないほど吐いてきたが、改めて聞かれると何故か答えに詰まる。「まぁ何回かあったかな?」と言葉を濁すと「それです。吐くときの喉からオェってくるあのイメージで声を出して下さい。」と言われた。先生の顔は大真面目だ。

半信半疑で、リバース時のことを思い出しながら発音したら、一発で通った。「それです、Obarinさん。たくさん飲んできて良かったですね。これからもその調子です」と褒められた。

その時突如、酒で犯した様々な失態が走馬灯の様に脳裏を駆け巡った。

新橋で飲んだ翌日に発見された神奈川タクシーのレシート、出勤時にマンションの入り口に落ちていた自分のベルト、豪遊したはずの財布に何故か金が増えていた朝のこと。思えば36年間、酒の席での記憶は吐瀉物と共に様々な場所に置いてきた。

先生に褒められて初めて、何か今までの自分が肯定された様な暖かい気持ちに包まれた。一滴の酒も無駄ではなかった。失われた記憶は「e」になって帰って来てくれたのだ、と。

イメージ画像:感謝しかない

授業が終わって改めて考えてみると、別にお酒を飲まなくても吐いた経験は誰しもあるのではないかと思った。それをわざわざ酒に絡めて聞いてくる辺り「さては先生もイケる口だな」なんてほくそ笑んだ無職、穏やかな午後であった。

趣味のイラスト:2コマ漫画「豊富な経験」
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梅雨入り

喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはよく言ったもので、毎年梅雨になると、私はこの季節がとても苦手だったと思い出す。

何と言っても湿気だ。部屋中の湿気がスポンジの様に体からエネルギーを吸い取っていく様で、毎日怠い。それに加えて気温の上昇で室内がサウナ状態になり、自粛期間中にぶくぶく太った私は、差し詰めセイロに入れられた肉まんである。

そして髪の毛が異常に膨らむ。シャワーを浴びてドライヤーをかけると、テロにでもあったのかと思うほど頭が爆発する。朝などはもっと酷い。寝ぼけながら洗面所に入ると、麻原彰晃が鏡に映っていて、びっくりして二度見をするレベルだ。

イメージ画像:でも紫陽花は好きだ

何年か前に親友のマクラとチーママ(両者仮名)の三人で飲みに行った。いつもの様に髪をセットし、二人の待つ飲み屋に向かった。

私が席に着くや否や、マクラがジッと私を見ている。挨拶もそこそこに以下の会話が続く。

マクラ「次、美容院いつ行くの?」
私  「明日行く予定」
マクラ「そう、良かった」

その一連のやり取りがあまりにもスムーズで、一瞬何が起きたのかわからなかった。まるで熟年夫婦の会話の様であった。

妻「今日、夕飯何にする?」
夫「カレーがいい」
妻「そう、わかった」

しかしすぐに私の髪型がディスられていることに気付いた。早急にカットが必要な状態だと言われているのだ。

何たる屈辱!!!この頭で何ヶ月過ごして来たと思っているんだ!

ちゃんと出る前にブローをして来たと伝えると、マクラは驚いた様子で「スタイリング剤を使っていないんだね!今度買ってあげるよ」などと言った。失礼な、こちとらヘアワックスもつけている。「そんな慰めはいらん!」と断ると、横でチーママが「買ってもらいなよ」とニヤニヤしながら言った。

先日同じメンバーで飲みに行く機会があり、この忌々しい記憶を思い出した。外出なので気合いを入れてコテを当てたが、その日は一日中雨が降っており、帰る頃には教祖様に戻っていた。

梅雨は苦手である。

趣味のイラスト:2コマ漫画「二度見」
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チャイ語始める

申込書の職業欄に初めてドキドキしながら「無職」と書いた。

誇らしさと恥ずかしさが入り混じった複雑な気持ちだった。中学の頃、好きだった男の子に声をかけられた時の、本当は嬉しいのに逃げ出したくなるような、そんな気持ちに似ていた。

無職36才、チャイ語始める。最寄駅の沿線にある個人塾で、都内の相場より安いところを見つけたのだ。初回の授業を申し込んだ。中国で働いていた経験を持つ日本人の真面目そうな先生だ。

ただ気になったのが、授業料の説明が妙に丁寧で、何度も「大丈夫ですか?」と聞かれた。その上、月謝は月末引き落としのはずなのに、なぜか前金を求められた。無職とはこういう扱いを受けるものなのだろうか?それとも私の格好があまりにも汚らしいからなのか?仕事に行く時はちゃんとした格好をしているのだ、と伝えたいが仕事がないからそれも叶わない。

結局もう一冊買う羽目になった

思えば収入はなくなったが、ゴルフやチャイ語など固定費は増えるばかりだ。(ゴルフセットの引き落としも控えている)

しかし安心していただきたい。何を隠そう私には、退職金という黄金の切り札があるのだ。さらに失業手当という無職に優しい制度と一律10万円の給付金も申請済みだ。安倍さん、マスクディスってごめんなチャイナ。

最近はこのだらけきった生活に慣れすぎて、就活をする気がちっとも起きない。お金が湯水のように溢れ出ればいいのにと毎日思う。せめて金儲けに役立つレベルまで、中国語を話せる様になりたいものだ。

趣味の折り紙:紫陽花
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やるやる詐欺

いつかやろうと思っているものの、まだ始めていない事はないだろうか?

私の場合これが結構あるのだが、そのうちの一つが語学だ。

「マー」を覚えれば必ず通じる!?

去年購入して一度も開いていない中国語とスペイン語の教材だ。いつかやろうと思っている「いつか」が来ない。ちなみに以前は韓国語とフランス語の教材もあったが、断捨離の際未読のまま捨てた。それにも懲りずに、また語学熱を発症して買い足したのである。

やる気はあるがやらない、やるやる詐欺だ。

最近年のせいか、このような詐欺を少しずつ減らしたいと考えるようになった。従来の出不精な性格もあるが、心のどこかで「始めるからには続けなくてはならない」と気張ってしまい、なかなか第一歩が踏み出せなかったように感じる。でも今は途中でやめたっていいじゃないか、会社だって辞めちゃったんだし、と思うようにしている。

毎日走っている人、筋トレしている人、国家試験の勉強をしている人… 私の周りには自主的に勉強やトレーニングをするコツコツ努力型の友人が多い。もっとも彼らは努力をしているという意識はないだろう。努力が習慣化して、生活の一部になっているからだ。本当に尊敬するし自分もそうありたいと願うが、残念ながら私はとことん自分を甘やかすタイプなので、何かを始める際は必ず先生に付くようにしている。怠け者はお金を払って第三者に律してもらうのが一番だ。

とりあえず今は観たい海外ドラマもないので時間もあるし、語学学校を探してみようと思う。「いつか」は今なのである。

転職活動はどうなってるかだって?そんな野暮な事は聞くものじゃない。

趣味のイラスト:2コマ漫画「ヒットマン」
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ゴルフ

「ゴルフって面白そうだよね」なんて軽々しく言ってしまったのが事の始まりだった。昨年の夏である。

親友のおばはん(仮名)がその言葉を聞き逃すはずがなかった。おばはんはその年、ゴルフの腕を上げるべく本格的に練習を始めていた。100切りを目標を掲げていたが、何せ友達がいないからコースを回る機会がなかなかない。そんな折、私が興味を示したものだから、手っ取り早くこいつを練習相手に仕立ててしまえばいいと考えたのだ。

それからおばはんは頻繁にゴルフの話をするようになった。美しい景観で繰り広げられる程よい運動、コースを終えた後に待っている美味しいビール、などと魅惑的な言葉で誘う。もちろん興味はあったが、その頃まだ私にも職があり、重い腰が上がらなかった。

イメージ画像:確かにここでビールを飲みたい

徐々におばはんのセールスピッチは精神論へと展開する。ゴルフのプレーに如実に現れる人間性。地形や天候などコントロールできない自然の中で、いかに冷静に自分と向き合い、ベストのパフォーマンスを出すか。ゴルフとはスポーツの枠を超えて人格形成に役立つのだ、と熱弁を振るう。

11月頃だったか、LINEで写真が送られて来た。会社の人たちと回ったラウンドがとても楽しかった、というような内容だった。見ると雨が降っているようだった。黒っぽいレインウェアを着た数人が寒そうに肩を並べ、強張った笑顔を向けている。説得力のない写真であった。

私は怖くなってしまった。こうまでして私を取り囲もうとするおばはんの執念に!早くゴルフを始めないと、このエスカレートする勧誘は止まらない。私は決心し、年末滑り込みでゴルフレッスンを申し込んだ。こうして半年間に及ぶおばはんの弛み無い説得(強要)の末、私のゴルフライフがスタートしたのであった。

趣味(になる予定)のゴルフ:ピカピカの用具一式
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現代アート

ニートになって時間ができたので、未完成のままだった絵画を仕上げた。ご覧いただきたい。

「生命」

ちなみにバレる前に断っておくが、これは盗作である。

本家はロサンゼルスの家具屋で見かけた2m以上もある大作で作家の名前もタイトルも知らない。残念ながら一度見たきりなので、完コピまでは至っていないだろう。

初めてこの絵を見たときは、はて、そら豆とサヤエンドウのどっちだろう?と思った。しかし今は心境の変化のせいか、何かまだ生まれずにくすぶっているエネルギーの塊のように感じる。

真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。
新しい目で見ることなのだ
。”

プルーストの格言だ。同じ物事でも見方によって変わってくる。まさに抽象的な現代アートに通ずるものがある。外出自粛を求められている状況を、不自由と感じるか自由と感じるか、これは個人の捉え方次第だ。私の作品もまた、駄作か傑作か、みなさんの判断に委ねたい。

ちなみにこの絵は姉の誕生日に贈ろうと思っている。リストラにあったショックで、妹がコロナウィルスを描いちゃったんじゃないかと心配されないことを祈るばかりである。

趣味の折り紙:たくさんのマスク
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夢のニート生活

朝暑かったので、グラスに氷水を注いで飲もうとした。ふと窓から差した日の光がグラスに反射して輝いた。とても綺麗だと思った。

こんな些細な日常の美に気がつけるのもニートの特権だ。

職を失った私は、模範的なニート生活を送っている。朝8時頃起きて朝食を済ませ、軽く部屋を片付け、パソコンで求人情報を見る。特に応募するわけでもなくパソコンを閉じる。バイキングとひるおびとヒルナンデスを、交互にチャンネルを変えながら見る。昼食を終えると、お待ちかねのお昼寝タイムだ。目覚めるのは夕方。マスクをつけて買い物に行き、夕飯の準備に取り掛かる。食後はコーヒーを飲みながら、海外ドラマを見たり、パズルをしたり、海外ドラマを見ながらパズルをしたり… 目が疲れたらシャワーを浴び、歯を磨いてベッドに入る。そして本を読みながら自然と眠りにつくのだ。(だいたい1ページくらいしか進まない)

毎日一生懸命働く皆さんに伝えたい。ニートの生活はストレスゼロだ。

贅沢を言えばリストラを機に海外旅行に行きたかった。コロナでそれは叶わないが、今の生活に満足している。何せよ毎日が日曜日なのだ。文句の言いようがない。

おそらくこれが長く続けば廃人になるだろう。職もなく何ら社会に貢献していないことが、ストレスになるかもしれない。しかしそんな先のことなどどうでもいい。今はただ、この与えられたニートという素晴らしく甘美な生活を享受し味わい尽くしたい。

今日も世界はニートに優しい。

趣味のイラスト:inspired by 鬼滅の刃色付き